2007年09月21日

性転換男、義妹になりすまし摘発逃れ 警官見抜けず

性転換男、義妹になりすまし摘発逃れ 警官見抜けず

 女性に見える容姿を悪用して、義理の妹になりすまして無免許
運転での摘発を逃れたとして、兵庫県警尼崎北署は18日、
有印私文書偽造・同行使などの疑いで愛知県額田郡幸田町、派遣
社員、兼田明日香容疑者(34)を逮捕した。兼田容疑者は戸籍
上は男だが、性転換手術を受け、長髪で化粧をするなど容姿は
女性そのものだったといい、同署は女性と疑わずに処理していた
という。
 調べでは、兼田容疑者は平成18年6月29日午前0時20分
ごろ、兵庫県尼崎市水堂町の市道で、無免許で乗用車を運転。
交通取締中の同署員から運転免許証の提示や交通反則切符の署名
を求められた際、大阪府堺市に住む義理の妹(28)の名前を
かたり署名、指印をした疑い。
 兼田容疑者が3000円の反則金を払わなかったため同署が
捜査したため発覚した。
2007/9/17 産経新聞
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2007年09月28日

性を超えて 一話〜三話

性を超えて 三話 父ちゃんが決めればいい

 京都の高校教師、土肥(どひ)いつき(45)はまず、黙って
ホワイトボードにこう書いた。

 「私の性別、何だと思われますか」

 聞き手は徳島県内の教師たち。黒のパンツスーツ姿のいつきの
笑顔をじっと見つめた。

 戸籍の上ではいつきは男性。でも心に合わせて女性として
生きているこの数年、頼まれて自分について話すことがある。

 9年前にパートナーの淳子(じゅんこ)(43)に打ち明ける
までは、女性の体のパーツを持ちたいと願い、隠れて女装している
ことを「恥ずかしい」「だれにも言えない」と思っていた。

 自分の話で性同一性障害について分かってもらおうとは、
いつきは思っていない。ただ、だれにも心の奥に封じ込めて
いることがあるはず。それと向き合うきっかけになればいい。

     *

 今年春、勤務先の府立高校でいつきが女性用の職員トイレ
や更衣室を使うことについて、養護担当の教員が二十数人い
る女性の教職員に聞いた。全員の同意までは得られなかった。

 1人でも反対する人がいるなら使えない、といつきは思う。
女性休養室の使用は全員が了解したので、着替えはそこで。
職員トイレの掃除当番は男性用でなく女性用が回ってくる。

 顧問をする放送部の生徒や数学を教えているクラスには、
自分のことを話した。「そうなんや」。反応は拍子抜けする
ほどあっさりしていた。

 いつきをドッヒーと慕う放送部員たちは話す。「ほとんど
の子は、ドッヒーは男か女か、ま、どっちでもいいか、くらい
と違うかな」

 夏合宿では生徒たちが部屋割りを決め、いつきは当然のよう
に女子部屋に入っていた。しかしいつきは、部屋の隅の板の
間にふとんを敷いた。大浴場にも入らなかった。仕方ないことは、
やはりある。

     *

 「僕には、普通に『おやじ』です」といつきの息子(15)は
言う。

 小学校低学年のころ、淳子からこう聞いた。

 「世の中にはいっぱいの性別があってな。女の体で生まれて
きても、男の人の心で、『おかしい、おかしい』と思っている
人もいるんやで」

 「そこまでいかんでも、『男らしくしろ』と言われてしんどい
人もいる」

 おぼろげながら息子は、女性に移行する前の父を覚えている。
「父ちゃん、割と劇的に変わりました。南こうせつみたいな髪が
長くなって、ひげもガッとそった」。それをいやだと思ったこと
はない。

 「たまに服が似合ってねえーと思うことがあるけど、僕も服に
あまり気を使わない方だし」

 小4のとき、同級生に「おまえの父ちゃん、おかま」と言われて、
けんかになった。中学校では、自分に近づいてきて「性同一性
障害」とだけ言って逃げるのがはやった。

 そんなときは舌打ちで返したが、「おれもおやじも中傷される
いわれはない」と腹が煮える思いだった。

 塾の書類に保護者の性別欄があった。「どうしても書かなけれ
ばなりませんか」と聞いて空欄にした。改名したいと父から相談
されたときも「自分が言うことではない。父ちゃんのことやから、
父ちゃんが決めればいい」。

 学校に行きたくなかった中3のころ、父は黙ってバイクの後ろ
に自分を乗せて北山をドライブしてくれた。ガソリンのにおいと
エンジン音が好きだった。

 娘(10)はいつきと「アルプス一万尺」などをして遊ぶのが
好きだ。

 主人公の子どもの性が変わる漫画を読んで「自分の子どもが
そうだったら、私はいいお母さんになれるのかな」と思った。

 でも「私も男の子になったりするの?」と疑問ももった。
淳子が「今見てると、そうでないと思うな」と答えると、
「よかった」と笑った。

     *

 01年、いつきは淳子に診察についてきてもらった。

 精神科医によるカウンセリングの段階から、女性ホルモン投与へ
進むかどうか。「進みたい」と望むいつきの隣で、淳子は医師に
「私はホルモン投与はしてほしくない」と話した。

 主治医は「時間が必要ですね。2人で航海図を作っていって
下さい」と言った。

 確かに大海原があった。ホルモン療法、その先に性転換
(性別適合)手術という選択肢。女性の服を着たり、改名したり
して、社会的に女性として生きる幅を広げる道もある。

 それからホルモン投与を始めるまで3年。その後も家族や
周囲の理解を探りながら、少しずつ性という壁を超えてきた。

 今春、大学病院で承認が出て、性別適合手術も望めば受けら
れる段階にある。しかしいつきは、それが本当に必要なことか、
それによって自分や家族にどんな負担が伴うかをしばらく考え
ていくつもりだ。

 互いがさりげなく支え合っている日常。「4人で生きていく
のは、おもろいですから」と、いつきはしみじみと言う。

 航海図作りはまだ続く。(敬称略)

(井田香奈子)

2007/9/23 朝日新聞


性を超えて 二話 信じる、わが子だから

 京都府立高校の教師、土肥(どひ)いつき(45)は、
京都・北山を見渡す住宅地で育った。自分の家族をもったいまも、
ときおり実家に顔を出す。

 訪ねてきた新聞販売員が、応対に出たいつきを女性だと思って
話している。聞いていた母の淳子(あつこ)(73)は「あっ、
いつきさんのこと、『奥さん』って呼んではる」と、居間で
いたずらっぽく笑った。

 最近、いつきが男性と見られることはほとんどなくなった。
女性ホルモンを投与し始めて3年になる。

土肥いつきさん(後方)と父親の昭夫さん、母親の淳子さん
=京都市内で、山谷勉撮影



 母は、いつきが心と体の性が異なる性同一性障害であると、
数年前に聞かされた。

 この子に何が――。「男と女が直線でつながっているとしたら、
あんたは女に近いところにいるってことか」と聞くと、「それで
いいよ」といつき。

 いつきのパートナーの淳子(じゅんこ)(43)が、「この
ごろは私の服、貸してるんです」と横から補った。

 驚いた。が、それ以上に「これまでどれだけの間、言えずに
いたのか」と感じた。

 「ダディーには自分で言いなさいね」と伝えた。自分の主観を
交えて知らせたくなかった。

 父の昭夫(80)が聞いたのはさらに数カ月後だ。

 「自分、心は女やねん。性同一性障害と言うて」と言われ、
一瞬、声が出なかった。「えっ、何のこと」と聞き返した。

 「この世には男と女しかいないと思いこんでいたんです」

 昭夫は同志社大教授を10年前に退職した、キリスト教史の
研究者だ。米国留学後、34歳で結婚し、まもなく生まれたのが
いつきだった。

 やがていつきは数学教師になって、淳子(じゅんこ)と結婚。
学校に来ない生徒たちの家に通ううち、校区内の被差別地区に
住まいも移し、地域とかかわるようになった。在日外国人の子ども
たちを支える活動もしていると聞いた。理論家である昭夫には
できない実践だった。改めて口には出さないが「よくやっている」
と思っていた。

 そのいつきが、性別を超えるトランスジェンダーとして生きて
いくという。ならば自分から言うことはない。遠いところへ行って
しまう寂しさはあるが、「そこを信頼し、支えるのが親だろう」と
思った。

 それより前、同志社大時代の教え子がレズビアンだと明らかに
した。同性愛者がキリスト教団の牧師になることへの慎重論も
あった中で、受け入れられ、堂々と生きていることを、昭夫は
誇りに思っていた。セクシュアル・マイノリティー(性的少数者)
としてのそんな生き方も、いつきを思うとき思い出した。

     *

 かわいらしい子どもだった。昭夫が神戸の講演にいつきを
連れていった帰り道、いつきだけ乗せて電車のドアが閉まった
ことがある。

 大阪・梅田の駅長室で待っていたいつきは、赤いベレー帽に
白いシャツ、半ズボン。「男の子やったんですか」と預かって
いた駅員が驚いた。

 淳子(あつこ)は「初めての子でしたから、私がいつもかわ
いい格好させて。あの子にとっては、その時代が一番いい思い出
かもしれない」。

 女性への同一感を人には言えずにいたいつき本人が、トランス
ジェンダーという言葉を知ったのは10年前だ。その翌年、
パートナーに打ち明け、女性として暮らす範囲を広げてきた。
その変化を、昭夫と淳子(あつこ)は静かに見守っている。

 「心の性に合わせて生きるということが分からず、起きたこと
で初めて、ああ、こういうことかと納得している。その積み重ね
です」と昭夫が言う。

     *

 いくら見た目で女性として通っても、名前で不審がられてしまう
ことがある。

 「謙虚であってほしい」と両親が名付けてくれた「謙一郎」
という名前をいつかは変えなければと、いつきは考えていた。

 娘(10)が言葉を覚え始めたころ、「お名前は?」と聞いて
みた。フルネームで答えることができた娘から、今度は「お父
さん、お名前は」と尋ねられ、答えにつまった。「謙一郎」とは
即答できない自分がいた。

 3年前、改名について両親に説明した。「あれ(謙一郎)では
どうしようもないから」と。「いつき」は、自分に初めての子ども
が生まれたとき、付けようかどうか最後まで迷った名だ。

 「謙ちゃんがいなくなってしまう」

 淳子(あつこ)が「名前を捨てるの?」と聞いた。

 「ちゃうで。これまで自分の名を人に言いたくなかった。
でも、『いつき』という名前を獲得することで、自分はかつて
『謙一郎』という名前で、親がどんな思いでつけてくれたかを
きちんと説明できるようになる」といつきは答えた。

 2週間で改名は認められた。家裁の裁判官は「不便をされている
お気持ちはよく分かります」と声をかけてくれた。

 これまで通りの呼び方でいい、といつきは言ったが、両親は
それから「いつきさん」と呼んでいる。(井田香奈子)

2007/9/16 朝日新聞


性を超えて 一話 私の謙一郎君を返してよ

「こら、銀色のハナクソ」

 2学期初日。鼻ピアスをしてきた女子生徒に、土肥(どひ)
いつき(45)が笑顔で声をかけた。生徒が笑いながら逃げ
出した。

 さらさらの髪にすっぴん、細いジーンズ。いつきは京都府立
高校で数学を教えている。「ドッヒー」「ドヒちゃん」と、
生徒は呼ぶ。

 戸籍の上では男性。謙一郎という名前だった。けれど女性に
同一感を持ち、その心に合わせて生きている。性同一性障害と
診断され、3年前に改名した。

土肥いつきさん(左)と妻の淳子さん=京都市内で、山谷勉撮影

  *

 女の子の体になりたい。意識し始めたのは小学生のころだ。

 体操選手のコマネチにあこがれ、自分の部屋で白いTシャツを
縫ってレオタードにした。身にまとうと満足感が広がった。

 同志社大を卒業し、85年に教師に。ジーパンをほどいて
スカートを手作りしたりして、ひそやかに女装は続いていた。

 「自分は変態や」「こんな人間は世界に自分一人やろう」。
だれかといるときは、そんな自分を心の奥にしまいこんだ。

 丸メガネ、口ひげ、パーマの短髪。使い分けて生きていく
しかない、と思っていた。

 自分の高校には、被差別地区や在日朝鮮人の子どもも通学
してくる。そんな生徒たちが、自分のことを安心して話せる
学校にしようと、仕事に没頭した。

 91年、同じ高校の事務職員だった淳子(じゅんこ)
(43)と結婚した。

 バイク好きで、スキーは指導員級。いばらず、生徒に向かって
いく。「あの人の重力に引きずり込まれた。ベタぼれやったん
です」と淳子は言う。

 淳子も教員志望だったが、資格をとった社会科の枠は狭かった。
ようやく講師になれたが、結婚してすぐ出産。始めてみると子育
てがとてつもなく大きなことに思え、あれだけ続けたかった仕事
に戻らなかった。

 母子家庭で育ち、男女差別や貧富の差を感じてきた。毎日の
ように放課後、学校に来ない生徒たちを訪ねる彼は、自分の
目標でもあった。

     *

 いつきが性同一性障害という言葉を知ったのは97年のことだ。
文化祭の教職員劇で同性愛者の男性が出てくる脚本を書いたら、
同僚の教師からゲイだと打ち明けられた。彼が貸してくれた本に、
心と体の性の不一致に悩んでいる人のことも書いてあった。

 「これは自分のことや。ほかにもいるんだ」。自分の中のえ
たいの知れないものに、やっと名前がついた気がした。結婚後も
一人のときの女装はやめられなかったが、罪悪感は少し薄れた。

 一方で、自分のことを家族に隠していることがつらくなって
きた。生徒たちには「信頼できる友だちに、自分の出身や本名
について語ろう。きっと受け止めてくれるよ」と言っているのに。
「なんで言えへんねん」と自分に聞き続けた。

 1年迷って、ある晩、淳子に打ち明けた。ずっと女性の体に
なりたいと思ってきたこと。帰宅前、車の中で女装していたこと。
女性として過ごしたいこと。

 淳子は、天地がひっくり返る思いで聞いた。

 結婚して、2人も子どもを作ったのに。連日、帰りの遅いいつき
に、「あんたが夜出歩けるのは、男やからな」と言い続けたのに。
今までの生活はなんだったのか。

 ぐるぐる渦巻く気持ちを、でも必死で抑えた。「ここで否定
したら、この人は死んでしまうかも」

 口をついたのは「そうやったんか――。車の中で衣装替える
くらいならウチでやればいいやん」だった。自分が着なくなった
デニムのワンピースを出してきて、いつきの体に合わせた。

     *

 あの夜から少しずつ、いつきは女性へと移行してきた。ひげを
そり、髪を伸ばし、学校には女物のパンツで。特に「女らしく」
ふるまうわけではない。心に素直に、性別を超える「トランス
ジェンダー」として生きたいと思った。

 手探りは淳子も同じだった。血だらけになってひげを抜くなど
必死ないつきは責められない。でも私はどうなるの、子どもたちは
――。

 一度だけ、いつきに泣いて叫んだ。

 「あんた誰なん?」

 「私の謙一郎君はどこ?」

 「謙一郎君を返してよ」

 いつきの前にもつきあった人はいたが、ふったりふられたり。
いつきとは何があっても一緒にいようと心に誓っていた。

 「カフカの小説みたく、パートナーがある朝、虫になっていたら
――。事故に遭って植物状態になる人もいる。ここで私が揺らぐ
のはあかんやろ」

 今年、息子と娘は、高1と小4になった。2人が仲良くしゃべ
っているそばにいると、「この子たちが生まれたことは絶対、
間違っていない。だから私たちの結婚も間違いではない」と思える。

 いつきもそうだ。この家族を「続けたい」と念じてきた。

 いつきが自分を開いてから、10年目の秋になる。(敬称略)

    ◆

 性同一性障害と向き合う家族を3回にわたってお伝えします。
(井田香奈子)
2007/9/9 朝日新聞
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安藤大将容疑者を銃刀法違反の現行犯で逮捕

男性に性転換した元競艇選手逮捕…銃刀法違反

 奈良県警生駒署は27日、模造刀を所持していたとして、
銃刀法違反の現行犯で同県生駒市の元競艇選手、安藤大将
(ひろまさ)容疑者(44)を逮捕した。安藤容疑者は19
84年に「安藤千夏」で女性選手としてデビュー。2001年に
「性同一性障害」と診断され、手術を受けて翌02年に男性選手
として再デビューし、数々のメディアでも取り上げられた異色
選手だった。

 衝撃的なカミングアウトから5年。「女性選手」から「男性
選手」として再デビューを果たし話題となった競艇選手が、
今度は「容疑者」として注目を集めてしまった。

 調べでは、27日午前零時40分ごろ、奈良県生駒市あすか野
2丁目の路上でパトロール中の生駒署員が停車中の車両内にいた
安藤容疑者に職務質問したところ、同容疑者は「ホンマに警官か」
と返答。すると突然、車を急発進させ、50メートルほど逃走
した。その後の調べで車両内に、長さ約1メートル、幅3センチ
の金属製模造刀が見つかった。

 安藤容疑者は模造刀所持の理由について「東大寺で買って
きた」「実は大阪の知人から、さやを替えてほしいと頼まれた」
などと供述を二転三転。正当性がないことから現行犯逮捕と
なった。

 同市内では2日前の25日に、俵口インター近くの交差点で
日本刀らしきものを振り回す“男”の姿が目撃されていた。
目撃者から通報された下4ケタの車両ナンバーを照合した結果、
安藤容疑者の車両も含まれていたという。

 安藤容疑者は競艇選手時代の01年に「性同一性障害」と診断。
性転換手術を受け、翌02年に旧名の「千夏」から「大将」に
改名し、男性選手として登録することを発表。プロスポーツ界で
は極めて異例のキャリアを持つことで、当時は話題を呼んだ。

 05年に現役引退した後、一時は企業に勤務していたようだが、
現在は絵画販売業を自称。家族とは過去の経緯などから、ほぼ
絶縁状態だった。車内には歯ブラシが残され、生活をしていた
痕跡があったという。

 同署では性転換者であることから、逮捕後に「性」の意思
確認を実施。本人は「男として扱って」と強く希望している。
また、留置の際も従来は2人1組だが、安藤容疑者の場合は1人で
留置されているという。

 ◆安藤 大将(あんどう・ひろまさ)1962年12月6日、
奈良県生まれ。44歳。初出走は84年5月13日に住之江
競艇で。出走回数3646回、優出28回、優勝1回。
生涯獲得賞金は約2億7000万円。引退後、自身の性同一性
障害を書いた「スカートをはいた少年」を出版した。
164センチ、51キロ。血液型B。
2007/9/28 スポーツ報知

<模造刀所持>競艇の安藤大将・元選手を逮捕 奈良

 奈良県警生駒署は27日未明、正当な理由なく日本刀の
模造刀(刃渡り75.5センチ)を所持したとして、元競艇
選手で絵画販売業、安藤大将容疑者(44)=同県生駒市
東新町=を銃刀法違反容疑で現行犯逮捕した。安藤容疑者は
選手時代、心と体の性が一致しない性同一性障害(GID)を
克服、女子から男子選手に登録変更し活躍した。
 調べでは、同日午前0時50分ごろ、生駒市あすか野北の
路上に乗用車を止めていた安藤容疑者が、生駒署員の職務質問を
拒んだうえ、自分で運転して向かった同署内で職務質問を受けた。
署員が車内を調べたところ、助手席ドア付近から模造刀が
見つかった。
 同市俵口町では25日午後4時45分ごろ、新聞販売所前で、
従業員らにさやから刀のようなものを抜いて見せた後、車で
走り去った男が目撃された。車種やナンバーの一部が安藤容疑者
の車と一致しており、同署で関連を調べている。
 安藤容疑者は84年5月、「安藤千夏」の名前で女子選手と
してデビューした。02年3月にGIDを公表し、男子選手に
登録を変更。05年9月に引退した。【中村敦茂】
2007/9/27 毎日新聞

性同一性障害克服の元競艇選手、銃刀法違反で逮捕

 奈良県警生駒署は27日、乗用車内に模造刀を所持して
いた銃刀法違反(所持)の現行犯で、元競艇選手の絵画販売業、
安藤大将容疑者(44)=同県生駒市東新町=を逮捕した。
安藤容疑者は現役当時に性同一性障害を公表し、女子から男子に
選手登録を変更して注目を浴びた。

 調べでは、安藤容疑者は同日午前1時過ぎ、自身の乗用
車内で金属製の模造刀(長さ1メートル)を不法に所持していた
疑い。安藤容疑者は逮捕される約15分前に、同市あすか野北の
路上で生駒署員の職務質問を受けたが「本当に警察官かどうか
分からない」などと言って振り切り、自ら同署に出頭。同署で
車内を検索したところ、模造刀が見つかったという。

 調べに対し「買った模造刀を車内に置いていただけ」と話す
など、所持についての違法性を否認する趣旨の供述をしている
という。

 安藤容疑者は昭和59年、「安藤千夏」の名前で競艇の女子
選手としてデビュー。その後、性同一性障害との診断を受け、
平成14年に「安藤大将」と改名し、男性選手としてレースに
出場していたが、体調を崩し17年に引退。性同一性障害を
乗り越えた競艇選手として話題を集め、最近はテレビ出演や
講演会などを行っていた。
2007/9/27 産経新聞

元競艇の安藤大将容疑者逮捕=車内に模造刀所持
−奈良県警


 正当な理由なく模造刀を持っていたとして、奈良県警生駒署は
27日、生駒市東新町、元競艇選手安藤大将容疑者(44)を銃刀法
違反の現行犯で逮捕した。「知人に頼まれ、さやを換えてくれと
言われた」などと供述しているという。
 同容疑者は心と体の性が一致しない「性同一性障害」を公表し、
女子から男子として選手登録したことで知られる。
 調べによると、安藤容疑者の車が午前零時45分ごろ、市内の
三差路でエンジンをかけたまま止まっているのを同署員が発見。
同容疑者が署まで車で同行し、警察官が車内を調べたところ、
助手席とドアの間に模造刀1本(長さ約1メートル、刃渡り75.5
センチ)があった。
2007/9/27 時事通信

性障害で男子転向の元競艇選手、模造刀所持で
逮捕される


 奈良県警生駒署は27日未明、乗用車内に模造刀を積んでいた
生駒市東新町、元競艇選手安藤大将(ひろまさ)容疑者(44)
を銃刀法違反の現行犯で逮捕した

 パトロール中の県警生駒署員が、同日午前0時45分ごろ、
同市あすか野北の市道三差路に止まっている不審な乗用車を発見。
車内を調べたところ、助手席とドアの間に模造刀1本(長さ約1
メートル、刃渡り約75・5センチ)があり、運転していた安藤
容疑者が車に積んだことを認めた。

 安藤容疑者は、1984年に女子選手でデビュー。心と体の性
が一致しない「性同一性障害」を公表し、2002年から男子
選手として活躍、05年9月に引退した。調べに対し、「知人に
頼まれて買って車に置いていた」などと供述している。
2007/9/27 読売新聞
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2007年11月01日

性同一性障害の戸籍変更を棄却 最高裁

性同一性障害の戸籍変更を棄却 最高裁

 心と体の性が一致しない性同一性障害(GID)と診断された
兵庫県尼崎市の会社員で通称、大迫真実さん(51)と奈良県
生駒市の会社員で通称、森村さやかさん(47)が戸籍の性別を
女性に変更することを求めた申し立てについて、最高裁第1
小法廷(泉徳治裁判長)は、申し立てを退けた大阪高裁決定を
不服とした2人の特別抗告を棄却する決定をした。
決定は22日付。

 性同一性障害特例法は戸籍上の性別変更について、20歳以上
▽独身▽子供がいない−などを要件としており、結婚して子供を
もうけた大迫さんらは対象外。これを不服とし、昨年11月に
神戸家裁尼崎支部などに性別変更を申し立てたが、家裁、高裁とも
申し立てを退けていた。
2007/10/29 産経新聞

「子供なし」の条件は合憲=性同一性障害の性別変更で
初判断−最高裁


 性同一性障害と診断されたものの、子供がいることを理由に
男性から女性への戸籍上の性別変更を却下された兵庫県尼崎市の
大迫真実さん(51)と奈良県生駒市の森村さやかさん(47)=
いずれも通称=が申し立てた特別抗告について、最高裁は29日
までに、棄却する決定をした。
 最高裁は決定理由で、子供がいないことを性別変更の条件と
した性同一性障害特例法について「子のある者に性別変更を
認めた場合、家族秩序に混乱を生じさせ、子の福祉の観点からも
問題を生じかねないなどの配慮に基づく」と指摘した。
 その上で「合理性を欠かないから、国会の裁量権の範囲を
逸脱せず、憲法の平等権などに違反するとは言えない」との
初判断を示した。
 第3小法廷(田原睦夫裁判長)が19日付、第1小法廷(泉徳治
裁判長)が22日付で決定を出した。 
2007/10/29 時事通信

性同一性障害:性別変更2人の特別抗告を棄却…最高裁

 性同一性障害(GID)と診断され、戸籍上の性別を男性から
女性に変更するよう求めていた奈良県生駒市の会社員、森村さやか
さん(47)と兵庫県尼崎市の同、大迫真実さん(51)=いずれ
も通称=の特別抗告について、最高裁は29日までに棄却する
決定を出した。
2007/10/29 毎日新聞
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2007年11月16日

性同一性障害で保険証の性別変更申立てへ【島根】

性同一性障害:「保険証の性を女性に」 松江・上田さん、変更
求め審査請求 /島根


 身体と心の性が一致しない「性同一性障害」と診断された
松江市の上田地優さん(49)が15日、健康保険証の性別を
「男性」とされたのは不服として、心の性別である女性に変え
るよう、県国民健康保険審査会へ審査請求をした。同審査会へ
の請求は03年度以来だが、性別を対象にした請求は初めて。

 上田さんは昨年1月に性同一性障害と診断されたが、性別適合
手術を受けておらず、戸籍上は男性のまま。松江市は「戸籍と
保険証の性別が一致する必要がある」として、今年8月に性別を
男性と記した保険証を交付。一方、上田さんは「外見や心の性と
保険証の性別が一致しないことで、医療を受ける権利が侵害さ
れる」と訴え、性別を女性に変更するよう求めた。

 審査請求は処分日(保険証の交付日)から60日以内に行わ
なければならないが、市によると、上田さんが窓口で保険証を
受け取った際、不服がある場合の手続きなどの説明を行ってい
なかった。上田さんは「市側の手続きの不備も考慮してほしい」
と訴えている。【酒造唯】
2007/11/16 毎日新聞・島根

保険証の性別変更請求 性同一性障害の上田さん

 心と体の性が一致しない性同一性障害と診断された、市民団体
「性同一性障害を知る会 紫の風」代表の上田地優(ちひろ)
さん(49)が15日、国民健康保険証の性別欄を「女性」に
変更するよう、県国民健康保険審査会に審査請求をした。

 上田さんは審査会窓口の県健康増進課を訪れ、「保険証に記載
した性別と外見が異なると受診時に支障が出る。女性として治療が
受けられようにしてほしい」として請求書を提出。牧野由美子
課長は「審査会で審査ができるように準備します」と述べて
受け取った。

 上田さんによると、今年8月に松江市から性別を「男性」と
記載した保険証が発行された。しかし、市は記載変更を求める
審査請求制度を説明せず、上田さんは国民健康保険法で定めた
請求期限(交付日の60日後)を過ぎてから制度を知り、この
日の提出になった。

 市保険年金課は「説明が足りなかった」と釈明。審査会が
期限切れに正当な理由があると判断し、正式受理されれば、
2007年度内にも裁決される見通し。

 上田さんは「治療を受ける側に配慮した審査を期待したい」
と話している。

写真=審査請求書を牧野課長に手渡す上田さん(左)
2007/11/16 読売新聞・島根

性同一性障害で保険証の性別変更申し立てへ

 心と体の性が一致しない性同一性障害と診断された松江市の市民
団体代表、上田地優(うえだちひろ)さん(49)が、国民健康
保険証の性別欄を「男性」から「女性」に変更するよう、島根県
国民健康保険審査会に審査を申し立てることが14日、分かった。
島根県健康推進課によると、性別欄の記載変更を求める審査申し
立ては県内初で「全国的にも極めて珍しいのではないか」という。
申し立ては15日の予定。
2007/11/14 産経新聞

保険証性別の変更申し立て 島根で、性同一性障害の団体代表

 心と体の性が一致しない性同一性障害と診断された松江市の
市民団体代表上田地優さん(49)が、国民健康保険証の性別欄
を「男性」から「女性」に変更するよう、島根県国民健康保険
審査会に審査を申し立てることが14日分かった。島根県健康
推進課によると、性別欄の記載変更を求める審査申し立ては
県内初めてで、「全国的にも極めて珍しいのではないか」という。
申し立ては15日の予定。
2007/11/14 共同通信

参考:上田地優さんの市民団体の名称は
性同一性障害を知る会「紫の風」 です。
posted by てつ at 14:05| 富山 ☁ | TrackBack(0) | GIDニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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